2013年6月21日金曜日

名前の問題

 今週は、論文紹介セミナーにむけて、論文探しを始めて、面白いものに行きつきました。
 
 『virophage=ヴィロファージ』。何なのかは漠然と知っていた、程度のものなのですが、よく調べていると、かなり論争の的、なのですね。

 バクテリオファージ、って、聞いたことがある人が多いと思います。これは、いってみれば、バクテリアに感染するウイルス。ウイルス、とは、宿主の細胞内でのみ増殖することが出来る『不完全生命体』であると以前説明しましたが、バクテリオファージは、バクテリアに感染するファージ=ウイルスなんです。
 で、ヴィロファージ、は、ウイルスに感染するファージ=ウイルス。ウイルスに感染するウイルス??

 このヴィロファージ、もともとは、これまでに発見されている中でも最大のウイルスであるミミウイルス、というウイルスが宿主であるアメーバに感染するのを邪魔するものとして発見されました。
 ミミウイルスは、その大きさゆえに最初はアメーバに感染するバクテリアか?と思われていたのですが、これが巨大ではあるけれどもその増殖には宿主の中に入らなければならず、細胞としての構造も持たない『ウイルス』であることが判明。
 その数年後に、今度は、このミミウイルスがアメーバに感染する過程を邪魔するものとして『スプートニク』という、ウイルスのようなものが発見されました。
 
 スプートニク、とは、ロシア語で『衛星=サテライト』という意味です。で、これを発見者はヴィロファージ=ウイルスに感染するウイルス、と分類して発表。

 おもしろいじゃん、と思ってしまいそうですが、ここに問題が。1960年代から、ウイルス学の世界にはすでに「サテライトウイルス」という広く受け入れられている概念があるのです。
 サテライトウイルスは、それ自身だけが宿主に入っても増殖することは出来ないのですが、衛星が中心とする惑星にあたるウイルス、ヘルパーウイルスがいてくれれば、その助けを借りて増殖できます。一方、ヘルパーウイルスのほうは、サテライトウイルスがいなくても立派に増殖できます。サテライトウイルスがいる場合は、種類によってヘルパーウイルスの増殖が促進される場合と、逆に阻害される場合があります。遺伝子配列から見てみると、サテライトウイルスは、ウイルスの増殖に必要な遺伝子を持っていないことがわかっています。つまり、構造的に見て、サテライトはヘルパーに全面的に頼らざるを得ないことが明らか。

 さて、一方で、ロシア語でのサテライト、であるスプートニク。
 スプートニクは、ミミウイルスの増殖を邪魔することがわかっています。
 また、スプートニク独自で宿主内での増殖は出来ないようです。ここまではサテライトと同じ。

 違いをあげようとすると、まず、スプートニクの遺伝子配列を調べると、ウイルスの増殖に必要そうな遺伝子はちゃんと存在する。つまり、スプートニク自身が『独立したウイルス』みたいに見える。また、スプートニクの分布を調べると、つねにミミウイルスが集まっているところに存在する。(サテライトとヘルパーの場合には、位置的な関係ははっきりとは見られない。)そのうえ、スプートニクがミミウイルスの「内部」に存在しているという顕微鏡写真も公開されています。

 とはいえ、世の中にはpseudogene=偽遺伝子というものがあります。これはつまり、配列としてはある機能をもつタンパク質をコードしそうな遺伝子に見えるが、実際はちゃんとタンパク質にまで作られないもの、のこと。配列を持っていても産物が出来なければ、その遺伝子を持っていないのと同じ、ですね。
 それに、分布が重なる、っていうのは、証拠としては弱い。お互いに依存性があるもの同士なんだから、近くに存在するのは当たり前な気が・・・・。とはいえ、スプートニクがミミウイルスの「中に」あるっていうのは、確かにあたかもミミウイルスに「感染している」ように見えますね。

 スプートニクの発見者は、これはサテライトウイルスではなくて、『ウイルスに感染するウイルス』、つまりヴィロファージという新しいカテゴリーのものだ!!と主張。これに対して、もう少し保守的な人々は、いや、スプートニクは、サテライトウイルスだ!!と主張。この、主張、というのはある有名な専門誌上のCommentaryの交換という方法でなされるのですが、ヴィロファージ派とサテライト派は、きわめて紳士的ながら互いに一歩も譲らず、自説を主張するコメントを交互に発表していました。いまでも、この議論は続いています。

・・・・・・わりあいに建設的ながら決定的な証拠を欠いている気味のある応酬を追っていた私は、だんだん、カレーライスとライスカレーの違いについての論争を聞いているような気がしてきてしまったのですが・・・・・・・と、第三者は気楽です。失礼。

 この論争、どうやったら終結できるかな?鍵は、スプートニクが持っている、『増殖に必要そうな遺伝子』が、本当にスプートニクの増殖に必要か否か、でしょう。つまり、この配列を破壊してやっても、スプートニクがミミウイルスによって増殖することが出来れば、これは偽遺伝子、つまりスプートニクはサテライト。逆に、この配列を破壊したらスプートニクが増殖できなくなれば、これはヴィロファージ。ただ、これを実験できっちり証明するのは結構難しいかも・・・・・。

 いろいろ思いをめぐらせましたが、ちょっとずれたところで気になるのは、実は、私たちが扱っているヘテロシグマアカシオウイルスは、このミミウイルスに似たものでして。
 ヘテロシグマアカシオウイルスにも、スプートニクみたいなのが見つかっちゃったら、この論争、ひとごととはいえなくなるかな?
・・・・・・う~~~ん。
 
 

 

 
 

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