2019年11月15日金曜日

なかなか鎮まらず

 チリの社会騒擾、まだ続いているようです。
 大学は、授業は全てキャンセル、しかし、大学職員は半日勤務程度で機能中。大方は平和的なデモなれど、時々暴徒化した集団がスーパーを襲ったり。
 カウンターパートと話してみると、日中は良いのだけれど、夕方にかけてだんだんわさわさしてくる、、、だそうで。いわば社会は略正常状態、といったところ。

 私自身は、11月に3週間チリ滞在を予定していたのですが、APECがキャンセルのニュースを聞いて、私自身のチリ行きも今回は見送ることとしました。
 依然としてあちらに張り付いてくれている研究員の3名の話を聞くと、重い気持ちに。身の危険を感じるというわけでもないようですが、とはいえ、いつもは使わないアンテナを常に張っていなければならないといったところでしょうか。

 オソルノには、来月半ばに岡山に着任してくれるスペイン人の研究員が張り付くことになっているのですが、彼に現地に出向いてもらうタイミングも、様子見といったところです。

 チリは、スペイン語圏なんだな、というのを実感するのは、ネットで探しても、私が理解できる日本語・英語の検索では、最新ニュースが上がってこない時。言葉の壁って、大きいですね、と今更実感です。

 日本でできることを少しでも進めようとしながらも、ついつい、手の空いた時にニュース検索する毎日です。

2019年10月25日金曜日

心配ごと

 日本ではあまり報道されていませんが、いま、チリが揺れています。

ことは、先週半ばあたりに、以前から検討されていた、チリの首都サンティアゴの地下鉄運賃が、ほんの数%上がったこと。
 あるニュースソースによると、片道日本円で4.6円程度の値上げだそうです。

 ところが、この程度の値上げが、実はチリ国民のうち結構な割合を占める低所得者層には相当の打撃だそうで。この値上げに抗議する形で、大規模無賃乗車が呼びかけられ、そこに端を発して、デモがあれてスーパーマーケット打ちこわしや、道でものを燃やすなどが頻発し、サンティアゴに非常事態宣言がおりました。

 あれから1週間。この動きはチリ全土に飛び火し、私がいつもお世話になっているオソルノ市にも、プロジェクトで結びつきの深いアントファガスタ・テムコ・プエルトモン市のいずれもが非常事態宣言&夜間外出禁止が。

 まさに、燎原の火の勢い。
 
 いつもの穏やかな、時に笑いを誘われるようなのどかさのある土地ですが、今は様相が変わっています。
 大学も閉鎖、サンプリングも中止してもらっています。
 日本から着任している研究員達は皆無事。とはいえ、やはり不安を感じながらの生活を思うと胸が痛い。
 
 このブログは、大学のサイトからぶら下がってるため、あまり政治的なことを書き込む場ではないのですが。
 なぜ、こうなったかというと、社会にある大きな所得格差と、富めるものが利益をあげやすいような社会にシステムに、人々がとうとう耐える気をなくした、ということでしょうか。ある場所で見つけた数字によると、チリの最低所得者層5%の年収は、モンゴルの同じ層とほぼ同じ、一方、チリの最富裕者層2%の年収は、ドイツのそれと同じ、だそうです。
 また、チリの最低賃金は、現在一月301,000チリペソ、現在、一円だいたい6.7ペソ、と考えると、一月5万円未満ということになります。
 チリのスーパーマーケットに行って、生鮮食料品の値段を見ると、だいたい、日本の1割〜2割引き、という感じ。そう、チリは物価は安くない。衣料品や家庭用品などは、ほぼ日本の安売りめなお店と同じです(100円ショップなどに限れば日本の方が絶対お買い得)。
 普通の家庭人は、スーパーではなくて、昔ながらの市場で買い物をするわけですが、こういうところではもっと安いけれど、しかし、日本の物価の3分の1よりは高いぐらいでしょうか。ちなみに、大学の一月の授業料は250,000チリペソだそう(公的扶助があるので、この部分はかなり抑えられるそうですが)。

 片道五円弱の値上げでなんで??と思ったのですが、それはすなわち、1日10円程度の値上げが耐えられない家計を営んでいる人たちがそれだけいるということ。
 日本語に限定するとなかなかニュースが入ってこないので、世界のあちこちの新聞サイトを拾い読みして、情報収拾に勤めています。

 

 
 
 
 

2019年10月11日金曜日

久しぶりの記事です

大変時間が空いてしまいました。
またしても、なんていう記事でチリに来てます、などと書きそれっきり。
いえ、当然ながら、9月なかばには帰国し、種々の事柄に忙殺されておりました。

 まずは、雇用。
チリに駐在していただく研究員、なかなか人が決まらずにいたのですが、結局、スペインから来てもらうことに。
外国籍の研究員を雇って、しかもチリに出張してもらうって、手続き上はどうするの??と事務の皆様にご相談。実は、こういうケース、事務でもはじめてということで、いろいろとご面倒お手間をかけながら、とりあえず雇用手続きとビザの手続きまで終えたところです。
 終えども終えども無限かと思えるぐらいに湧いてくる書類仕事に呆然としながら、とにかく目の前のことを片付けていたら、ある日、突然終わりが来た。
 彼は、つい先日博士号を取得したところ、手続きが順調に行ってくれれば12月なかばには倉敷にやって来ます。

 他にも、シーズンとしては、科研費申請の季節だったり、チリプロジェクトから面倒ではあれど必要な手続きが生じたり、ワタワタ、ワタワタ、している間に、1ヶ月以上経ってしまいました。

 本格的に始まったのは、2018年春、プロジェクト申請は2016年秋だったので、あれからなんと3年!一体チリと日本を何往復したのだろう、と、そろそろ記憶が曖昧になって来ています。
 なぜこんなに行ったり来たりしなければならなかったかというと、それは、やはり、行かないと仕事が進まないから。
 実際に行ってみて、あちらのラボのメンバーとたくさん話し合いを持ち、ラボの設備も見せてもらい、機材購入のための手続き送金、実際に購入しようとしたらここでも日本とは事情が違う、やっとの事で購入手続き取ってみたら、なんと大学ストでペンディングしたり、さらに本当だったら今頃までには終わっているはずのラボ改修は始まってもおらず、せっかくの新品機材は箱の中に眠ったまま。。。

 改修といえば、ラボより先に始まった居室改修は、契約を結んだ会社が、給与未払いと劣悪待遇で現場労働者に逃げられてしまい、45日で終わる!と豪語していた(これこれ、この記事です!)のがすでに5ヶ月途中で放置。
 いや、やることスケール違いますね 笑。

 正直、ここ2ヶ月ぐらいは、チリ、と思うたびに、。。。。どこまで続くぬかるみぞ。。。という気分でした。

 でも、この1週間でちょっと気分が変わっています。

 4月から、週例スカイプ会議を持つことにしたのですが、まずは、機材の設置がほぼ終わったとの報せ。ラボ改修終わらないと設置しても。。。と渋るあちらのボスに、でも、それでは、来年頭に着任する研究員が仕事ができない!若い研究者の人生の時間を無駄にさせるわけにはいかないよね?との必死のアピールに答えていただいた格好です。
 必死に訴えながらも、しかし、あれだけ大型な機材をラボに入れるには、既存のものをかなり動かさなければならず、それは気が進まないだろうなあ、、、、と思っていたので、このニュースには、じぃん、としました。

 そして、昨日の朝。朝8時過ぎの通勤中、スマホに連続着信。プロジェクトのリサーチアシスタント、カレンから。「サンプリングしてきた海水を顕微鏡で見てみたら、赤潮原因藻らしきのがいる!みてみて!」と。時差12時間、そしてあちら水曜日ということは、朝9時過ぎから機材を車に詰め込んで、1時間半近く離れたポイントにサンプリングに行って、帰って来て、海水ろ過して冷凍して。。。とサンプル処理に夜8時まで追われ、で、海水を顕微鏡観察して見つけたのを、メッセージ送ってくれたということでしょう。
 赤潮が出ることを祈ってはいけないのですが、しかし、出ると研究材料が手に入るね!タイミング逃さないように、あれを準備して、別機関と連絡とって。。。。と、徒歩通勤の信号待ちごとにコメントをかわしながらやりとり。
 度重なる長期出張と、なかなか進まないセットアップに、相当消耗、なんで、このプロジェクト始めたんだっけ?と分からなくなりかけていたのが、そう、『これ』をやりたかったから、このプロジェクトを始めたんだ!と、いきなり思い出した感じ。

 『いきなり頭上の雲が破れてぱあっと光が差し込む』感を味わった一瞬でした。
 
  実は、またしても来月より3週間足らずのチリ出張の航空機予約を終えたところです。今度は、良い季節だろうな🎵

2019年9月2日月曜日

またしても

 ずいぶんご無沙汰してしまいましたが、またしてもチリにおります。
 今回は、年に一度のプロジェクト全体会議を中心に、いつもサンプリングをさせていただいている桟橋周辺で操業されている地元の漁業従事者へのご挨拶や、小学校を訪問してのアウトリーチ活動、をはさんで研究活動。
 
 時は8月おわりから9月、ということは日本の2月おわりから3月始め、氷点下にはならないものの、私のメインの滞在地であるオソルノではセーターと真冬のコートが必須です。
 寒い!

 とはいえ、すでに定宿となったホステルの前の、花が小さな桜が満開、こちらの早春の花であるミモザも綺麗に咲いています。
 数日前にオソルノに入り、まずはアウトリーチ活動の打ち合わせ、その後、あちこちの団体を回るために車で1時間半ほど離れたプエルトモンへ。一度、プエルトモンの対岸にあるカストロという町に関係団体を訪ね、その後全体会議のために、車で4時間半ほど北上してテムコという市へ。旅の中ほどは結構移動で忙しく、その後オソルノに戻ってきて研究活動。
 この、「研究以外」の活動にかかる時間が多いのは、今プロジェクトの特徴ですね。
 本日、これからバスに乗ってプエルトモンに移動です。
 あちこち訪問の際にこれからはもう少し写真を撮ろうと、今回はスマホだけではなく10年以上前に購入したコンデジをもってきました。

2019年8月2日金曜日

そして猛暑!

 梅雨がなかなか明けない....と思っていたところ、明けた途端に猛暑です。
 倉敷は、連日最高気温34度。
 というのですが、本当に34度かなぁ?もっとある気がしてしまいます。
 暑さに弱いので、水を飲んだり、ミネラルを摂るように気をつけてみたり。熱中症に気をつけて夏を乗り切りたいものです。

 サンプリングに出てから2週間、目的だった微生物単離を進めているのですが、その副産物で、『?』なことに気がついてしまいました。
 今まで、ヘテロシグマ培養には、市販の培地を使ってきたのですが、微生物単離に際して培地組成をいじってみたところ、ヘテロシグマの増殖速度に意外な結果が。
 え?ほんとに?というような結果なのですが、ひょっとしてこれって常識なのだろうか、と、過去の文献を引いてみるも、案外、「ヘテロシグマ増殖について」「培地各成分の影響を」「特に増殖速度や細胞サイズに着目して」調べてある、という仕事が引っかかってこない。
 実は、ヘテロシグマに限らず、赤潮原因藻の栄養塩濃度による増殖制御って、バッチリ調べられていると思い込んでいたので、こんなところに落とし穴、というか、はっきり調べられてこなかったニッチが存在するとは意外です。私がそこに気がついてやってみるべきなのですが、必要になったら文献で調べればいいや、と、敬遠していた部分だったので....。思い込みは禁物。

 とはいえ、この『?』な結果は、いろいろと考えてみると、ちょっと妄想が広がるような小さなきっかけを与えてくれました。
 ちょうど、共同研究者と一緒に、これまで解析しためたヘテロシグマのRNA-seqデータをまとめて、ヘテロシグマ発現遺伝子配列データベースを作ろう、仕上げよう!と、しているところなのですが、BLASTでちょこちょこ調べてみると、あら、こんな酵素も持っているのね?などと、上述の『妄想』をサポートしてくれたりして。
 暑くて動き回る気が失せる毎日の始まりですが、涼しくした室内でじっくり考えて作戦を練ろう、などという気分になっています。

2019年7月19日金曜日

乗船サンプリング

 ヘテロシグマ研究を始めて、始めて船に乗せていただいてのサプリングに行ってまいりました。
 兵庫県水産技術センターの赤潮調査船に同乗させていただき、半日がかりで播磨灘の8カ所を巡るという調査です。
 梅雨が長引いている今年ですが、当日は、良い天気。朝8時 50分に埠頭集合、というわけで、最寄駅から10分程度歩いて行くに、すでに暑い.....。乗船して、4、5時間程度、どんなことになるのか不安でした。
 幸いなことに、船はかなり新しい形のもので、船室には冷房付き。ほっ。

 今回は、初めての乗船で、「ブログに載せたいので写真とらせてください!」とは、ちょっといい出せませんでした 笑。

 各地点で、センサーを下ろして、異なる深さの塩度、水温、クロロフィル蛍光強度、pHなどの測定、また、決まった水深からの採水などが週に1回ずつ、近隣県と協調して行われているわけです。私は各地点から、少量ずつ海水をサンプリング。私の目的は、ヘテロシグマと生物学的な相互作用が見られる細菌の単離なのですが、上記のような環境データが伴った形でサンプリングできるのは、大変ありがたいことで、今回の調査に同行させていただきました。船の操作をされる方と、測定や採水を手がける方と、皆さん、各ポイントにつくと、さっと仕事にかかり、テキパキテキパキ。。。。。と各地点での作業は五分程度で終了。採水された海水は、フィルター濾過により濃縮して、含まれているプランクトンの数を当日中に数えて、他のデータとともに漁業操業者と共有するのだそうです。兵庫県ではないのですが、他県で、特に養殖が盛んな水域では、朝から調査に出て、データを全て得て共有するのは、お昼時、午後3時を過ぎて共有すると苦情が出るとのこと。赤潮が発生した場合に、対策として、養殖魚への給餌を止める(餌止め)のですが、その水域での1日の養殖魚餌代が数百万円に上るため、餌止めの必要がある場合には一刻も早く周知の必要があるのだそうです。
 こういう活動で、日本の水産業が守られているのですね。この仕事をしてなかったら知り得なかったことです。

 船酔いしたら困るな....というわけで、酔い止めを一応服用していったのですが、幸いなことに海は穏やかで、あまり揺れずに、その意味では無事。確かに、降りてからも妙に頭が重く、調子悪い気もしたのですが、あれは、船酔いの症状なのか、それとも薬の症状のなのかは、ハテナ、という程度で助かりました。

 海水を抱えて帰ってきて(持ち運べる程度とはいえ、流石に重かった)、いろいろと実験を仕掛けながら、さて、何が取れるか、楽しみです。

 ヘテロシグマ仕事を手がけ始めてそろそろ8年、実験室ベースの研究でわかることの限界が身にしみ始めています。少しでも、現場からサンプルを得る機会を増やして、研究の幅を広げたいと考えています。

2019年7月5日金曜日

研究報告:ヘテロシグマのミトコンドリアゲノム上の超可変領域に関する研究

さて、今回は、やっとの事で発表された論文の紹介です。

Phylogeographic characteristics of hypervariable regions in the mitochondrial genome of a cosmopolitan, bloom-forming raphidophyte, Heterosigma akashiwo.

 書くのに時間がかかったというよりも、むしろacceptされてからのeditorial processにやたらと時間がかかった気が。とはいえ、その手間のかけ方に良心的な雰囲気を感じるジャーナルでもありました。

 さて、内容です。
 私が偏愛している(?)ヘテロシグマ、学名Heterosigma akashiwoは、条件によって赤潮を形成する赤潮原因藻の一種です。ヘテロシグマは、以前は温帯にしか生息しないと考えられていましたが、ここ10数年の間に、寒帯から熱帯にわたる、世界中の浅海に生息することがわかってきました。
 ヘテロシグマのミトコンドリアは、ほぼ3万9千塩基対からなるゲノムを持っています。世界各地で見つかったヘテロシグマのミトコンドリアのゲノム配列を較べてみると、ほとんどの部分が全てのヘテロシグマで保存されているのに対して、3箇所だけ、非常に多様性に富んだ領域が存在することがわかりました。
 3箇所のうち、2箇所はタンパク質をコードする遺伝子であると考えられますが、このタンパク質はヘテロシグマ特有なもので、他の生物は持っていないようです。また、この二つのタンパク質は、よく似た配列を持っているため、似た機能を果たすものと考えられます。
 また、特に北半球の高緯度地域で見つかったヘテロシグマと、温帯〜熱帯で見つかったヘテロシグマが持つこれらの二つの遺伝子配列は明らかに異なることがわかりました。これらのタンパク質の機能はいまだに不明ですが、高緯度地方と低緯度地方の異なる環境――恐らくは水温や日照時間など――に適応するために必要な機能を持っているのではないかと考えています。

 実は、上で述べたタンパク質をコードする遺伝子二つのうち、一つについては、その配列多様性がヘテロシグマの”出身水域”に相関することを見つけて、すでに二本の論文として発表してあります。このタンパク質は、日本の株4株と北米高緯度地方産の株2株のミトコンドリア配列の全長を解読した際にその存在に気づき、mitochondria ゲノム上に存在するvariationに富んだOpen Reading Frame であることからMtORFvarと名付けて発表しました。

 その後、なぜ、今回になってさらに2箇所の多様性が高い領域が見つかったかというと、

1.  さらにヨーロッパ、北米低緯度地方、南米、シンガポール、ニュージーランドなどなどからいくつか選んだ株のミトコンドリア配列を比較したところで気がついた。

2. 以前は、ミトコンドリア上のORF配列を比較してMtORFvarに気がついたが、今回は、全ミトコンドリア配列の全長を比較して、初めて残り2箇所の多様性に気がついた。

 特に、2.については、私の解析のスキルが足りなかったから見つけられなかった感があり、恥じ入るところもなくはないですね。全長を比較して、各塩基の多様性を数値化して図示するという解析、そんなのあちこちに転がっているよね??と思いきや、適切なパッケージなどが手に入らず、結局は自分でスクリプトを書いて、最終的にはSupplemental Materialとして発表することになりました。解析のプロが見たら「拙いスクリプト!」と笑われるんじゃないのかなあ、と思いつつ、でも、もしも自分が書いたものがどこかでだれかに便利に使っていただけたら嬉しいんだけどな(おずおず)、と、いう気持ちもあり。

 相同性が高いふたつのORFは、最初に見つけたものをMtORFvar --> MtORFvar1と改め、ふたつ目をMtORFvar2とすることにして、発表しました。

 全長情報が増えたのが大きな要因とはいえ、シビアにいえば、以前の論文の解析が拙いのを、今回の論文でやり直したようなところがあり。一人でウジウジ悩んで書き上げたため、結局、人生初の単一著者論文となりました。 とはいえ、大学で研究をしながら、まるで個人の趣味のような研究成果の出し方は、やはり理想とはいえない。 

 去年から本学からの学生さんたちとしている仕事をまとめようとしながら、また、以前からの共同研究をまとめるためのスカイプ会議をしながら、やはり一緒に仕事ができる人がいるというのは、ありがたいな、としみじみ感謝を感じるとともに、こういう仕事の仕方を増やさなければ、と思います。