2019年1月11日金曜日

Happy New Year!

 あけましておめでとうございます。

 色々惑うことの多かった2018年も無事終わり、2019年です。昨年最後のこの記事、そこはかとなく、重症感が.....笑。

 今年の目標は、『自分で線引きすること』、『引き摺られないこと』。
 年が明けたからって何が変わるわけではなく、しかし、どこかでキリッと線を引かないと、良いことも悪いこともずるずると引きずってしまうわけで。
 去年の『惑』気分は、結局は新しく始まった大型プロジェクトに振り回されていたわけで。自分で始めたプロジェクトに振り回されていては仕方ない。きちんと自分たちの重心を決めて譲らない、のが一番大切だよね、と。
 
 特に、うちのグループは、配属された学生さんがおらず、つまりは教員とはいえ私も手を動かす必要があり、また、その時間もあるわけで。今年は、Wet Labで手を使う人、の立ち位置を十全に生かす一年にしようと思います。

 などと考えていたところ、昨年フランスのNantesでの学会で会った北欧の研究者より連絡が。以前、ノルウェーに、藻類のコレクションセンターがあったのですが、こちらはしばらく改組統合のため閉鎖していました。このセンターに、ヘテロシグマが何株か保存されているはず....なのがアクセスできなかったわけですが、藻類譲渡業務がやっと再開したよ!どこかに紛れ込んでひやっとしたけど、ヘテロシグマコレクションも見つけたよ!とのこと。早速取り寄せてみようと思います。

 というわけで、きっぱり気分を変えて、新しいスタート!と行きましょう。
 本年もどうぞよろしくお願いします。

 

 

2018年12月28日金曜日

2018年仕事納め

 チリから無事帰国し、先週は又しても失礼してしまい、はっと気づけば、仕事納めです。
 今年は、こちらでのご報告の「一回休み」が多い年でした。色々あった気がするのですが、なんだか年の初めなどがよく思い出せず。

 この時期になると、毎年飽きもせず、今年を表す一文字、を考えてしまうのですが、今年は、、、、正直言って、パッとしなかった気がします。例えば、ラボに大きめの設備を入れたり、ラボメンバーが増えたり、と、一見ポジティブなことは多々あったのですが、それらを最大限に活かしきれてない感じ。
 今年の一文字は、うむ、『惑』、がぴったりかも。
 今年はなんとなく色々と戸惑った年でした。

 大きかったのは、なかなか軌道に乗り切らないチリのプロジェクトでしょうか。すでに過去5回訪れたチリという国にもかなり馴染んだ感を抱くようになり、付随する楽しいことはたくさんあり、とはいえ、いまだ助走期間中の感は否めません。
 国際プロジェクトって、国境をまたいで活動するって、大変なことなのね、としみじみ。

 とはいえ、その一方で、特にチリ側からの参画研究者との距離感はどんどん縮まっており、今後の活動も固まってきています。
 仕事を間に挟んだ緊張感のある関係の一方で、緊張を緩めて良い時は思いっきりフレンドリーに話ができる、というのは素晴らしい。
 2年前に、ほとんど出来心、のノリで大規模と言って良い国際プロジェクトに応募したのがきっかけで今がある、のを考えると、今までの変化は、結構な拡張だったのかもしれません。

 着任して3年ぐらいはかなり迷走の感があったことを思い出すと、また、ここからスカッと自由になることもありましょう。
 というあたりで、まとめたいと思います。

 今年も、どうもありがとうございました。来年も、どうぞよろしくお願いします。
 来年は第二週の金曜日に新年のご挨拶をさせていただきます。
 みなさま、どうぞ良いお年をお迎えください。
 

2018年12月14日金曜日

再びオソルノにて

 3週間の滞在も、明日で終わり。明日夕方に、日本に向けた発ちます。

 今回は、オソルノ-> テムコという、オソルノから車で(チリ人の運転で)4時間弱のところにある都市(以前来たことがありました)--> 日本の軽井沢といえそうなプコンという町で、テムコのLa Frontera大学教授で、チリプロジェクトのパートナーであるJorquera教授が主催してくださったミニシンポジウムに出席 --> オソルノに戻る、という、車での移動が多い滞在でした。

 このプロジェクトは、研究を中心に据えたものですが、一方で、研究成果を社会に還元することを狙ったものでもあります。今回は、そもそもどういうニーズがあるか、そして、どのような方法で成果の還元を狙うか、という点について、実際に赤潮対策に関わる人々、漁業に関わる人々のお話を聞く機会が多い滞在でした。
 未だ整理しきれず、こちらに書ききれない話がいろいろありますので、代わりに風景の写真をアップ。

 プコンにほど近い、Villarica山と、Villarica湖
 山の方は、活火山ですので煙がたなびいています。富士山のような山ですが、高さは2000メートル程度だそうです。

これまでの滞在で、これ以外にも、オソルノ山、カブルコ山という、やはり富士山のような山を見たのですが、こういう格好の山としてはチリで見るのは3つ目。
日本人の持つ富士山崇拝の念がちとぐらつきます。
こういった、素晴らしい景色が見られる小さな町、リゾート地なのですが、ここに小さいながらLa Frontera大学のキャンパスがあります。セミナーハウス、というには大きく立派、キャンパス、というには、小さいのですが。





 こちらでミニシンポジウムが開かれたのですが、一番肝心な発表風景は撮り忘れ、中庭でのブレイクをぱちり。

ものすごく天気が良く、珍しく気温も高い日だったのです。実は、上空にオゾンホールがあるそうで。まぶしいまぶしい中での木陰のティータイムは素敵でした。

2018年11月30日金曜日

オソルノにて

 さて、やってきました、チリはオソルノでございます。
 養殖で栄えている街プエルトモンから車で1時間ぐらいの距離にあります。こちらの街のはずれにある、ロスラゴス大学オソルノキャンパスのガハルド教授のラボにお世話になっております。上にリンクを載せた中心街にはビルなどの写真がありますが、この辺りは、牛が放牧されている牧場とか、森とか、緑がいっぱい。
 11月、ということは、北半球の5月ぐらい。日差しは強いのですが、特に朝晩は冷えます。ちょうど、札幌の5月という感じ。
 
 夏が、気持ち良さそうですね。夏といえば3ヶ月近く熱暑にあえぐ倉敷の住人としてはこの上なく羨ましい。。。。。

 今回は、まずはプロジェクトに付随する色々な計画(特にアウトリーチ活動)について調べたり打ち合わせたり、その後、テムコという街に移動して、プロジェクト全体の打ち合わせなどなど、そこからリゾート地として有名なプコンという街に移動して、研究会に出席、またオソルノに戻ってきて数日、という計画。
 オソルノも緑が多く美しい土地ですが、特にプコンを訪れるのが楽しみです。
 今回は、風景の写真をたくさんアップできたらと思います。

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 本来、こちらはラボブログ、研究ブログの筈なのですが、今回の滞在は、ちょっと旅行記めいたことも書いてみようというわけで、まずは、オソルノの街でのいろいろについて。

 英語で言えばBed and Breakfastと言えそうな宿に泊まっています。国道を挟んで大学の真ん前にあり、朝ごはんもついて一泊64 USD。チリは、結構宿泊も、レストランで食事しても、日本に比べて割安感はないのです。そういうことを頭に入れてみると、結構お値打ちな宿かな、という感じ。

 各お部屋にはシャワーとトイレがついて、食事は食堂で、お願いすれば洗濯も引き受けてくれて、夕食も頼めば付けられる、とあって、定宿にしている人が多いと聞いていました。で、泊まっている人たちのかなりの部分は、ヨーロッパ・英国に住む農場主。オソルノ周辺は、花卉やベリー、あるいはヘーゼルナッツの栽培に向いているそうで、花農場(っていうのか??)、ベリー農園、ヘーゼルナッツ農園を年に何度か監督に来る人が多く泊まっているそうです。特に、ヘーゼルナッツは、最近値段も高騰し、良い投資対象なのだそう。とはいえ、それにつれて農場の地価も上がり、今から参入するのは難しいねえ、だそうです。
 海から1時間ぐらいの土地なのですが、内陸に1時間入れば肥沃な農地が拡がる、って、考えてみたら豊かな話です。
 花農場は、今、シャクヤクのシーズンだそうで、宿のテーブルにも、2階のロフトに上がる階段にも、茎の長いのやら短いのやら飾ってあるのは素敵な贅沢。

 このあたり、結構ドイツにルーツを持つ人が入ってきていて、ドイツの影響が見られます。宿の朝ごはんに出てくるケーキ類がクーヘンと呼ばれているあたりにでてますね。

 写真を撮って載せたいのですが、ネットが遅くてアップロードがうまくいかず。機会を見つけては載せていきたいと思います。

 

 

 
 

 

2018年11月23日金曜日

そして再び....

 さて、学会から帰着し、這々の体で申請書を書き上げたところで、またしても三週間空いてしまいました。
 ここのところ、こういうのが多いです。。。
  月日が過ぎる速さに地味にびっくりしているわけですが、再びチリ行きが近づいています。
 もう、海外出張というのが、楽しみでも晴れがましくも、あるいは特別でもなくなってきました。その分、準備と時差対策は随分手際が良くなったような。

 割合まとまった海外出張というのは、いつもの職場から離れる=実験ができないけれど、ちょっとした雑用が入らない、というわけで、うまく時間を取れば、論文書きとか進むんじゃないの?と思っておりましたが、どうも私は旅先で論文を「書く」のは苦手らしい。それをいうのならば、日本語である申請書書きも苦手なようです。

 とはいえ、査読から帰ってきた論文を読み直す、のはなぜか特に苦痛ではなかったので、いつもの生活の場で論文を書き、査読までの待ち時間もろとも出張先で消費、というのが一番良さそうです。そうそう、考えてみれば2年前、テニュア審査通過に不可欠な複数の論文=一つでも落としたらクビが飛ぶ、の査読待ちの間に、初めて南米を訪ねたのでした。その前後の記事を読み直してみると、一報は出発直前にアクセプト、一報があちらについての顔合わせディナーの席でアクセプトの報に接し、しかし一報はリジェクトされ、そのリカバリーに頭を使っていたというのを思い出しました(そんなタイミングで3週間も海外に逃亡するな!という声が聞こえてきそうですが。。。)。なかなかスリリングでしたが、でも、その時のチリ訪問のおかげもあって、今のチリプロがあるわけでもあります。う〜〜ん。

 というわけで、ここしばらく燻らせていた書物に終止符を打ち、投稿までは済ませて飛行機に乗ろうと思います。とりあえず、文献管理ソフトウェアだけはアップデートして、行ってまいります。
 
 
 

2018年11月2日金曜日

提出週

 さて、今年も科研費の提出が終わりました。
 申請書を書いて、同僚と交換してお互いにコメントしあって、を何度も繰り返し、ギリギリまで推敲を重ねましたが、もう、直すところも尽きた感が。
 こんな風に、申請書をざっと書き上げて、交換して、磨いて、交換して。。。というやりとりは3年目になります。研究トピックも程よく付かず離れず、的確なコメントと豊富な知識に基づいたアドバイスをいただけて、大変ありがたい関係です、が、う、実は過去2年間、あちらは全て通し、私は全て落とし。。。。
 今度こそは、いろいろ教えていただいたあれこれを生かして、ポジティブな結果とともにお礼が言いたい、んだけどなぁ〜〜。

 申請内容については、同僚に助けていただいいているわけですが、一方で、弊学は、中央の担当部局が頑張ってくれているらしく、学内締め切りは11月2日。他大で、10月半ばに締め切りの例などを耳にすると、うちの大学でよかった〜〜、と毎年ほんのり感謝しています。
 希望すれば事務チェック、という、主に予算内容をチェックしていただくこともできるのですが、予算欄だけと思いいや、本文にもチェックしていただいていたり、また、返却していただいた予算の一つ一つの数字を書く欄に、小さくエンピツで2つずつ印がつけてあるのを見ると、一人につきダブルチェックしてくださっているらしく。
 ありがたく、頭が下がります。つまりは、ううぅ、サポート体制は万全なわけで、今年こそ通したい。。。。

 まあ、とにかく、年内の大きな節目の一つは終えたわけで、ちょっとホッとします。
 しばらく手を離していた論文書きに戻らなければ。そして、実は三週間後には再びチリへ!なのです。
 このプロジェクト、始めたら大変、とは聞いていたのですが、確かに、何だか落ち着く間がありません。。。。
 とはいえ、研究するために取った予算、何が何でも腰を落ち着ける時間は確保して、少しでも前に進まなければ。
 あたりまえのことではありますが、多分、今まで通りの仕事への取り組み方・捌き方とは、ちょっと変えなければならないことがあるんでしょうね。一息ついたところで、そんなことを意識して見る必要もありそうです。。。。

 

2018年10月26日金曜日

4年ぶりのInternational Conference of Harmful Algae (ICHA)

 やってまいりました、フランス ナント(Nantes)にてInternational Conference of Harmful Algae。本日最終日です。

 この会議、4年前に2014年ウェリントンにて開催されたものです。2年前のブラジル開催の会議があったのですが、その頃は、テニュア審査と死闘のまっただなかで、残念ながらスキップ(とはいえ、その後ブラジル+チリに3週間の旅に出て、それが今のチリ・プロジェクトにつながっているわけですが)。今回は、ヘテロシグマのミトコンドリア上の系統地理マーカーに使えるか?という配列についてのポスター発表をしに参加しています。

 Nantesは、フランスからTGVで2時間程度、飛行機では1時間ぐらい。現代アートを中心に据えて、観光に力を入れている町だそうです。フランスは、特にパリに何回か滞在したことがあり、噂通り、フランス人(パリ人?)は、あまり英語で話しかけられるの好きでないみたいな・・・特に空港周辺で親切にされた覚えがなかったり・・・・
 一人旅だし、ちょっと身構えます。
 ・・・しか〜し、パリCDG空港に到着してすぐに気がついたのが、皆さんとっても親切。看板がアテにならず、道を聞いた人がみんな違うことを教えてくれるのは相変わらずですがw、親切に笑顔でされると、感じが全然違いました♪
 ・・・・前の滞在からは10年近く経っているのですが、これってつまり、その間に進んだGlobalization=様々なバックグラウンドの人とのコミュニケーションが必要とされ、それに価値を見出す、と言う動きの結果を目にした、というべきなんでしょうか。フランス語を愛し、至上と考える(とよく言われる)フランスでも?
 ううん、日本にいると、そいういう実感を得ることがあまりないこともあり、ちょっと考えさせられました。

 パリCDG空港から目的地Nantesへは飛行機で移動。CDG空港で、離れたところに、チリで知り合いになった政府機関のオフィサーにそっくりな人を見かけました。世界には3人同じ顔をしている人がいるといいますが、ホントに似てる・・・と思いきや、ご本人だったw。はっと目があって、ご本人だとわかった時には、ついつい、きゃあぁ、と抱き合って再会を喜び合ってしまいました。チリ・プロジェクトは、赤潮プロジェクトなので、彼女以外にも、業界が持っている私立研究所の知り合いも、独立して赤潮モニタリングとコンサルタントを営んでいる方とも、学会のコーヒーブレイク中に次々に遭遇。いってみれば、同分野の研究者と国際学会で再会しただけじゃない?なのですが、南米という『私にとって最も親しみなかった国』で知り合った方達と、もう一つ、『距離感を感じる国』で再会、というのは、格別にうれしかったです。

 また、ここ4年間の間に、ヘテロシグマ株を譲渡していただいたり、それがきっかけで共著論文を出したりした海外の研究者たち、彼らにも残らず遭遇し、そのたびにお国柄により、握手したりほっぺたくっつけて挨拶したりして。
 そう、学会は専門家社交の場だった、を今更思い知った気がします。
 4年前の学会では、国際学会で会う日本人研究者たちとお近づきになれたのがありがたかったのですが、彼らとも再会し、4年間の間の増えた海外の知人たちとも再会・初めましてと出会い、Wellington NZ --> Nantes Parisの間に流れた時間って、ちゃんと意味があったのね、と、学会終了を前にとっても盛り上がった気分になっています。

 ところで。
 今回の学会、発表を聞いていて、4年前に比べて分子・細胞レベルで赤潮を見てみる、と言う切り口の研究が、目立って増えていました。それって、まさに私がめざしている切り口。心強く、刺激を受けるとともに、こうしてはいられない、安穏としている場合じゃない!とポジティブな焦りを感じました。これも学会が大切な所以ですよね。
 というわけで、さ、帰って仕事しよっ♪