では、研究の話。先週の「さて、ウイルスとは・・・・」に続きます。
ウイルス、というと、日常生活の中ではエイズウイルス、インフルエンザウイルス等、「人の病原菌」というとらえ方をする機会が多いことと思います。実は、ありとあらゆる生物―――動物だけでなく、大腸菌、カビ、植物、酵母その他ものもろの、生きとし生けるもの―――には、違う種類のウイルスが感染することが知られています。「生物」は、一般的に細胞――固有の遺伝子を持ち、自分の生存に必要な様々な物質を合成する能力や増殖する能力を持つ最小単位――からなります。これに対して、ウイルスは、自分を複製するための遺伝子は持っていますが、自分の生存に必要な物質の合成能力や、増殖能力はもっていません。つまり、増殖や必要物質合成のための設計図(遺伝子)は持ち歩いているけれど、そのための道具(大工道具?)は、まったく持っていない。かわりに、ウイルスは、感染した生物の細胞(宿主)の細胞因子(よその家の大工道具)を利用します。
ウイルスは感染して宿主細胞に入り込み、宿主細胞が本来ならば自身の生存のために使っているさまざまなしくみを、乗っ取る形で利用するという、非常に巧妙な手口で増殖する『不完全生命体』なのです。
増殖しようとすると、かならず自分とは似ても似つかない宿主細胞に侵入して感染を確立し、宿主細胞を乗っ取る、という過程を経なければならない、これがウイルスの大変面白いところです。たとえば、インフルエンザウイルスが入った水溶液をテーブルの上にこぼしておいても、ウイルスは増殖しない。でも、これが知らないうちに私の手について、私がうっかりその手を洗わずにお昼ご飯のサンドウィッチをつかんで食べちゃって、あらら、ヒト細胞に感染成立、と相成れば、私の体内で見事に増殖して次の週に私めはインフルエンザ発症・・・・、と相成るわけです。
つまり、ウイルスは、宿主細胞に侵入して、細胞が持っているいろいろな機能を「自分のために」利用して増殖し、その増殖が宿主に影響を与えて感染の『症状』を引き起こすわけです。
ウイルスが利用する宿主内の機能分子は、宿主がもともと持っているものです。当然、ウイルスが感染していない健康な細胞の中では、細胞自身のための機能を果たしているわけで、宿主が自分のために作り上げてきたはずの細胞機能をウイルスがどう乗っ取るか、あるいは、乗っ取られてウイルスのために働く細胞の中の機能分子が、そもそもは宿主にとってどのように重要な役割を果たしているか、というのは、大変面白いトピックで、そこに私は関心を持っているのです。
一口に「宿主とウイルスの関係の研究」といっても、アプローチにはいろいろあります。例えば、いろいろな生物について、「この種類にはこのウイルスは感染する、こっちにはしない・・・」というのを決定し続ける、というのも研究の一つですし、あるいはウイルスの感染を防止する目的で行われる研究もありますね。
私が関心を持っているのは、ある一種類のウイルスが、ある種の植物プランクトン細胞(宿主)に感染する際に、どのようなタンパク質が宿主細胞内で作られ、どのような細胞内シグナル伝達を経て、最終的にウイルスが細胞を殺してしまうか・・・・というような、その過程に関わっている分子とその機能を特定するタイプの研究=分子細胞生物学的研究です。
で、このようなトピックを追うために私が使っている手法は、たとえばウイルスの精製や遺伝子の単離・同定、例えば宿主の遺伝子配列の解読、タンパク質変異導入・発現などなど。
重要なのは、相手が遺伝子、という分子であるかぎり、その遺伝子の由来が植物であろうがウイルスであろうがプランクトンであろうがマウスであろうが、「遺伝子という分子をいじる手法」はほとんど同じ、ということ。
これが、分子生物学のありがたい、そして、美しいところです。
つまり、私が以前は植物とウイルスの関係を研究するために用いていた手法は、そっくりそのまま、プランクトンとウイルスの関係を研究するために使えてしまうわけで、生物種の組み合わせこそ違えど、結局は、今まで積んできた経験に基づいて、新しい切り口の研究を始めたといえます。
というわけで、今日はこれにて。
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