また、ヘテロシグマは光合成を行う藻類であるため、1日の生物学的周期がはっきりしています。夜のうちは、容器の底に沈んでいるのですが、朝になると、あたかも目を覚ましたかのように泳いで水面に浮き上がってきます。で、午後3時ぐらいまでは、結構活発に泳ぎ回るのですが、そのうちにだんだん眠くなるのか(?)底に沈んで、夜間はお休み。
朝早くラボに行き、まだ照明が点灯していない培養器を開けると、「あ、ごめん、まだ寝てた?」という感じ。
妙に擬人化しやすいキャラなのですが、彼らも『なんとなく』泳いでるように見えて色々と企んでいるようです。例えば、昼の間は表面近くに、夕方になると底に沈む、というのは、細胞質の密度を、昼間は海水に浮きやすい細胞質の密度に、夜は沈むぐらい重い密度に、と、なんらかの方法で調節していることを見出した論文が何年も前に発表されています。
なんとなく泳いでいる、どころではありませんね。
自分で泳げる一方で、環境中に生息してるヘテロシグマは、常に海水の流動に揉まれているわけです。
強固な細胞壁を持たず、脆いと言われるヘテロシグマですが、そんな彼らはどうやって海水の乱流を生き抜いているのか?というのをとても真面目に観察したのがこの論文。
やっぱり、ちょっとイグノーブル賞っぽい(笑。
具体的には、小さな容器にヘテロシグマを封じ込めて、時々その容器を回転させてやり、マイルドに乱流を起こしていやると、ヘテロシグマの泳ぎ方のパターンが明らかに変化する。どうも、必ず上に泳いでいく個体と、下に向かって泳ぐ個体があり、それが常に半分に分かれるそうです。また、上に向かって泳いでいく個体と、下に向かって泳いでいく個体は、乱流に出会ったときにとる細胞の形の変化の仕方がはっきりと違い、しかもそれぞれの群れに一定のパターンが見られます。とはいえ、上に行くのはいつも上に行き、下に行くものはいつも下に行く、というわけではないことから、それぞれの個体は、場合に応じて柔軟に対応している、わけですね。乱流というのはそれほど激しくなくてもヘテロシグマにとってはストレスなようで、封じ込めた容器が回転すると、ストレスを受けた時の反応として知られる一酸化窒素の産生が見られます。ヘテロシグマは、ちょうどジャガイモのメークイーンのような格好をしていて、硬い細胞壁はもたない、フヨフヨした感じの生き物なのですが、細胞の形をちょっと丸っぽくしたり、細長くしたりして、言って見れば細胞の重心を移動させて、乱流に対応するのだそうです。このよう異なる形を取る能力を有するからこそ、脆いヘテロシグマが乱流だらけの海で生き抜いてこれたのでは?とのこと。
流体力学・生物物理学的な研究で、正直言って、私に完全に理解できているとはいえないので、緩い説明になってすみません。。。。実際の論文は、念入りなリアルタイムイメージングにより、膨大なデータをとって、それらを丁寧に画像解析して、といった研究です。
プランクトンの泳ぎ方を観察するために特化した観察のための機器を自分たちの手で作って観察し、たぶん、画像解析も自分たちで開発した方法で行ったようではありますが、一方で、お金にあかせて最先端イメージング技術をこれでもかと使った研究か、というと、そうでもない。
よく、研究者仲間との話題に出てくるのですが、ここ数年、生物学の研究は、大きな予算を使って、人海戦術・潤沢な物資投下により膨大なデータとをり、それをど〜〜だ!!とばかりに見せるようなものばかりが、Nature/Cell/Scienceなどにのっている気がくします。『牛刀をもって絹ごし豆腐を真っ二つ』的アプローチ、といいますか。日本の地方国立大学で細々と研究している身としては、あ、もう、ああいう雑誌には私は一生縁がないのね、きっと......と少々いじっとしてしまうようなトレンドが見られるわけですが、この研究は、ちょっと違うかも。そういう意味でも、嬉しい気分になるおハナシでした。
という論文を読んで、数日後。
お昼ご飯を食べながら、米国Department of Energy のJoint Genome InstituteのGOLD projectというウェブページをふらふらブラウズしていましたら、本当につい最近、ヘテロシグマの発現遺伝子を網羅的に解析するプロジェクトを始まっていました。ゆくゆくは、これらの情報も公開されるはず。私も、それらをダウンロードして、自分の切り口から解析して見たりできるはずです。
なんだか、ヘテロシグマに風が吹いてきてるみたいじゃないですか♪強力なライバルが多くなるのは本当かもしれないけれど、それよりなにより、ふるふるおよぐヘテロシグマに着目するメジャーどころあちこちに♪だって、やっぱり面白いよね♪と、勝手に嬉しくなっています。